会社復帰に嫌味をいう奴
2カ月ぶりに会社へ復帰した。体調やメンタルを整えて、ようやく戻ってきたというのに、職場に足を踏み入れた瞬間から、どこかピリッとした微妙な空気が流れていた。
もともと人間関係が良くない職場だ。仲が悪いというほどではないが、互いに距離があり、信頼感も薄い。お世辞にも温かいとはいえない空気感。こちらとしては「久しぶり」という気持ちがあるが、向こうは向こうで、それぞれ何か思うところがあるのだろう。
上司は人格者で、理解もある。しかし、残念ながら他のメンバーがそうかというと、私はそうは思えない。
まあ、彼らからすれば「私に問題がある」と思っている部分もあるのだろう。立場が違えば見える景色も違うし、これはある意味仕方のないことだ。
何十人も働く職場だ。人の数だけ正義があり、価値観がある。生まれた環境も性格も経験も違うのだから、物事の受け止め方なんてバラバラで当然だ。
とはいえ、それでも「最低限の礼儀」はあってしかるべきだと思う。
久しぶりに出勤した私に向かって飛んできた言葉は、まさかの
「辞めたかと思った。」
しかも一回ではなく、しつこく何度も。
冗談だろうと気分が悪い。
笑って受け流してほしいと思っているのかもしれないが、こちらからしたら不快感しか残らない。
心の中では、「ああ、この人たち、やっぱりクズだな〜」と完全に見下してしまった。
一気に冷めた。期待していなかったが、それでも嫌味を投げつけられれば気持ちが萎える。
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人間関係が悪い職場での処世術
こういう場所では、いかに心をすり減らさずに働くかが大事になる。そこで私が意識していることがある。
・深入りせず、無理に好かれようとしない。
・「仕事をしに来ている」と割り切る。
・無駄にテンションを上げず、穏やかに低空飛行。
・誰かを味方につけようと躍起にならない。
・自己開示しない、余計な情報を相手へ与えない。
・攻撃してくる人はただ不安なだけ、と理解しておく。
特別いい人を演じる必要はないし、無理して仲良くなる必要もない。
ただ、自分の軸を保ちながら、「職場」という環境で生きのびるための最低限の戦い方を持っておくことが大事だと実感している。
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大人とは
本当の大人とは、嫌味を言われても感情的にならず、
「そうかもしれませんね」
と軽く受け流せる人だと思う。
誰が悪い、誰が正しいと声を荒らげるのではなく、スッと受けて流す。その余裕がある人が、結局は一番強い。
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会社からの解放
サラリーマンが完全に会社から解放されるとき――それは多くの場合、定年だ。
副業や投資で早期退職を目指す人もいるが、この不安定な時代では、並大抵の稼ぎでは安心できない。
結局「定年まで働く」ルートが一番現実的になる。
それにしても、今や定年は65歳。これからは70歳も珍しくなくなるのかもしれない。
その長い道のりを心身ともに健康で走り抜くには、ペース配分が必要だ。全力疾走していては、どこかで倒れてしまう。
職場での立ち位置も大事だ。
私は出世からは遠い位置だが、だからこそ生き方を模索する必要がある。
最終的に出てくる答えは、結局これだ。
「目の前のことを淡々とこなす」
あまり考えすぎても、空回りして疲れるだけだ。
庶民の私は、粘り強くコツコツ進むしかない。
それでも、そうしていればきっとどこかに出口が見えてくるはずだ。
