ホンダ二輪戦士たちの戦い

ホンダ二輪戦士たちの戦い

NR500からNS500へ

・1979年NR500(New Racingの略)デビュー
ライダーは、プリンスこと片山敬済(たかずみ)(日本人初の世界チャンピオン)
2ST全盛時代にあえての4ST(ホンダは4stがお家芸)
4ストローク、楕円ピストンエンジン、8プラグ、倒立フロントフォーク、モノコックフレーム
ヤマハ、スズキの2stに勝てなかった。
・1982年ホンダはNS500(2st3気筒)を投入
・1983年NS500 フレディースペンサーが、ヤマハYZR500ケニー・ロバーツに勝つ!

NR500の軌跡

・1968〜1976年ホンダはグランプリレース休止していた。
・1977年ホンダはレース復帰宣言
・開発チームは。30歳以下で昔レースに携わっていた人ではなく新人で構成(もちろん問題多発)
・レーシング・マシンはコンパクトに仕上げなくてはならない。いきつくところV型になる
・16から18インチホイールへ、サイドウォールが薄くなり操舵性upタイヤ幅ひろがりグリップ力upブレーキもupする
ただし、サイドウォールが薄くなり乗り心地は悪くなるまた、燃費が悪くなる。
・1981年鈴鹿200kmレース無給油大作戦にてNR500唯一の優勝!

NS500の軌跡

・1982年NS500(2st3気筒)デビュー
・1983年NS500フレディ・スペンサーはキング・ケニーを抑え世界チャンピオンに!
(ケニー・ロバーツはハング・オン・スタイルを確立した偉大なライダー)
・1984年NSR500(2st4気筒)へ
(NSR500は、1994年から1998年まで、ミック・ドゥーハンが駆って、五年連続世界グランプリ500ccタイトルを獲得!)

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